事業を考えるとき、私たちはつい、何を持つかを考える。
会社を持つ。
ブランドを持つ。
不動産を持つ。
クリニックを持つ。
知的財産を持つ。
そして、それらをどう成長させるか、どう収益化するか、どう守るかを考える。
けれど最近、その順番は逆なのではないかと思うようになった。
最初に考えるべきなのは、
何を所有したいかではなく、
何なら自分は預かれるのか。
ということなのかもしれない。
たとえば、クリニックを承継することを考える。
建物や医療法人や設備を手に入れることだけが、承継ではない。
そこにはすでに、長い時間をかけて形成された関係がある。
患者からの信頼。
働いている人たちの時間。
地域や医療機関との関係。
積み重ねられてきた技術。
そこで交わされてきた約束。
前の世代が費やしてきた時間。
クリニックを承継するとは、そうしたものをまとめて一時的に預かることなのだと思う。
だから、「自分の家のものだから」というだけでは、承継する理由として十分ではない。
その場所が預かっているものを、
自分もまた、
一定期間引き受けたいと思えるか。
そこを問わなければならない。
これは、会社でも同じだと思う。
オーナーであることは、単に株式を持っている状態ではない。
社員から時間を預かる。
顧客から信頼を預かる。
取引先から信用を預かる。
資本提供者から資金を預かる。
先代から名前や文化を預かる。
そして、まだ存在していない未来からも、何らかの責任を預かっている。
こうした関係を引き受けた結果として、あとから「オーナー」という位置が生まれる。
だとすれば、オーナーは身分ではない。
一時的に引き受ける役割である。
ここには、少し怖いことも含まれている。
所有権を持っているからといって、自分がそのオーナーシップを本当に引き受けられるとは限らない。
経済的には魅力がある。
社会的にも価値がある。
手放す理由も見当たらない。
けれど、その事業が抱えている関係に自分の時間を渡したいとは思えない。
その仕事について学び続けたいとも思えない。
その未来について責任を持って考えたいとも思えない。
そういうことはあり得る。
そのとき必要なのは、無理に「オーナーであり続ける」ことではない。
誰かに経営を委ねる。
別の人に承継する。
売却する。
あるいは、自分より適切な人へ渡していく。
それもまた、オーナーシップなのだと思う。
もちろん、「自分が経営しない」ことと、「自分がオーナーシップを持たない」ことは違う。
日々の経営は、専門家に任せることができる。
採用や労務や会計や現場のオペレーションを、自分ですべて行う必要はない。
それでも、この組織が何を守るのか。
どんな約束を引き受けるのか。
どこへ向かうのか。
その最終的な問いを自分が預かることはできる。
一方で、その問いそのものを自分は引き受けたくない、という場合もある。
そのときには、所有権そのものを手放すことも考えなければならない。
そう考えると、事業ポートフォリオを考える前に、
受託ポートフォリオ
のようなものを考えてみてもいいのかもしれない。
いま、自分は何を預かっているのか。
これから、何を預かりたいのか。
そして、何なら自分は本当に預かれるのか。
所有は、最初にあるのではない。
関係があり、
信頼があり、
何かを預けられ、
そのあとに、
所有という形式が必要になる。
だから私は、何を持てるかよりも、
何を預かりたいのか。
そこから考えてみたい。